「こころ」

 本当の言葉とは   
              大阪府内科医会 理事 樋口 徹

 最近、子供たちが見ているテレビ番組に付き合っていると、明石家さんま、島田紳助等の人気タレントを中心としたトーク番組、ラブワゴン等の視聴者(素人)を参加させ、身近な問題を取り上げ、面白、可笑しく時間を過ごす番組が多いのに気が付いた。
 その中で司会者が一般の参加者相手に色々な話を引き出して楽しむわけだが、一般参加者もそれに対応して、一億総タレントの感がある。番組として放送される時、一般の人もそれなりの芸を演じているわけであり、素人の芸と玄人の芸の差が少なくなっているように思われる。
 これは果たして良いことなのかどうか?大きく言えば、一般の文化程度が高くなっているのか、玄人の芸の質が落ちて来たのかが問題では、との疑問を感じるのは私だけであろうか。同時に、番組提供側のプロ意識の欠如、コンセプトの無いタレント任せの番組提供にも疑問符をつけたくなる。
 一方、バイオリンの演奏会を聞く機会があったが、レコードやテレビとは異なり、演奏者の息づかい、緊張感、目の動きでの伴奏者とのコンタクト、間を取る時の動作、曲の進行とともに変化する雰囲気、弦のきしみ、足のリズム、弓の毛の切れる音など、一瞬の変化と演奏者の意志がひしひしと伝わってくる。二度とかえらぬ時間と空間を共にする贅沢な一時を過ごした。
 両者の違いをみてみると、演奏会に参加している人にとっても、演奏者との共有の時と同時に、他の聴衆との交流もあるわけだが、そこではテレビ番組の参加者のように演ずる必要はなく、自分自身でいられる点が異なる。このような時を経験すると、テレビのトーク番組の言葉が、定型的な、感情、含みを持たないデジタル化した反射言葉として語られ、面白いがそれだけのことと感じられてしまう。本当の言葉は、共有した時と空間の中で語られてこそ共感と理解を生じるものではないか。われわれ医師にとって、そのことが診察ということではないかと考えてしまった今日この頃である。