大阪府内科医会総会学術講演会

「メタボリックシンドロームの何が問題か−どうとらえるか−」

大阪大学大学院医学系研究科分子制御内科講師
 船橋徹

   最近、メタボリックシンドロームという概念をよく耳にするがその意味するところが今ひとつ明らかではなかった。船橋先生は本講演でメタボリックシンド ロームの定義とその病態について、上流因子である内臓脂肪の役割などを最新の研究成果をまじえ明確に系統だって解説いただいた。

  従来、動脈硬化疾患、特に冠動脈疾患(CAD)の最大のリスクは高コレステロール血症であるとされてきたが、臨床の場ではCAD患者で著しい高コレステ ロール血症を示すのは少数であり、大半は高血糖、高脂血症、高血圧を軽度ながら合併する患者である。近年、これら複数の病態を一つの疾患単位として捉え  ようという動きが生まれた。これをマルチプルリスクファクター症候群と呼び、メタボリックシンドロームもそのうちの一つである。これらのリスクの集積は  けっして偶然ではなく、上流因子が存在すると考えられる。メタボリックシンドロームではしばしばインスリン抵抗性が合併しており、上流因子の1つとして  インスリン抵抗性も考えられるが、それだけではMSの多彩な病態を説明しきれない。もうひとつの上流因子は肥満である。しかしすべての肥満者でMSを発  症するわけではなく、肥満の質に留意する必要がある。これが内臓脂肪の蓄積であることが明らかになった。メタボリックシンドロームの上流因子は内臓脂肪の蓄積であり、これには遺伝因子より環境因子が大きく関わっていると考えられる。なぜ内臓脂肪が蓄積するとメタボリックシンドロームが惹起されるのか?
   脂肪細胞の遺伝子発現を調べていくと、脂肪細胞は従来考えられていたようなエネルギーを貯蔵するだけの組織ではなく多くの遺伝子発現が認められ、様々な因子を分泌する分泌細胞であることが明らかになった。その代表的なものにプラスミノゲン活性化酵素阻害因子(PAI-1)がある。PAI-1は線溶系に働き血栓溶解を阻害する作用をもつ、それゆえこれが増加すると血栓が形成されやすくなり動脈硬化症の直接の危険因子となる。PAI-1の血中濃度は内臓脂肪面積(VFA)に比例して増加する。またインスリン抵抗性を惹起する因子としてレプチン、TNF-α、レジスチンなどがある。特にレプチンは肥満遺伝子のひとつで脂肪細胞が肥大すると脂肪細胞から分泌  され視床下部にある満腹中枢を刺激し摂食行動をおさえると同時に交感神経活動亢進作用を介しエネルギー消費を増大させる。そしてアデポネクチンである。アデポネクチンは脂肪細胞に特異的に発現し、内臓脂肪が増加するに従い血中濃度は低下する。アデポネクチンは特に障害され
  た血管内皮に接着し、単球の内皮細胞への接着やマクロファージの泡沫化の抑制などを介して血管内皮障害にプロテクティブに働く。実際、CAD患者ではア デポネクチン濃度が低値を示し、アデポネクチン低値は虚血性心疾患のNegative  Riskであるという。また糖尿病はメタボリックシンドロームの重要な病態であるがここにもアデポネクチンは関与している。糖尿病患者では耐糖能正常者に比べアデポネクチンは低値を示し、インスリン抵抗性と負の相関関係にあるという。米国の先住民族のピマ族では2型糖尿病の発症率が極めて高いがアデポネクチン濃度が低値を示したものでは糖尿病の発症率が低いという報告もあり、アデポネクチンが糖尿病発症のnegative  Riskである可能性も指摘されている。
 日本におけるメタボリックシンドロームは増加しており糖尿病患者の59%を占めている。
UKPDSの報告にもあるように血糖コントロールだけでは CADなどの動脈硬化性疾患を完全に防止することは不可能であり糖尿病患者を治療していく上で、メタボリックシンドローム型は別に治療戦略をたてる必要がある。
 メタボリックシンドロームの診断基準としてはNCEP-ATPIIIの、腹部周囲径:男性≧85cm、女性≧90cm(本邦では内臓脂肪面積 ≧100cm2から数値を設定)、高中性脂肪血症、低HDL血症、高血圧、高血糖のうち3項目以上満たすことというものがあるが、別にWHOの独自の基準もあり未だ意見の統一はみていない。現在本邦でも腹部脂肪蓄積を中心とした診断基準を策定中である。世界的には肥満の基準はBMI≧30とされているが日本人での頻度は極めて少なく本邦ではBMI  25以上を肥満の基準としている。このことは日本人では軽い過栄養的負荷で糖尿病や高脂血症が惹起されうるということを考慮している。高度の肥満がなく とも内臓脂肪の蓄積には要注意である。臨床内科医にとっても内臓脂肪量を知ることができれば日常診療上も有用であるが、従来はCTが必要であり困難であった。現在、腹部インピーダンス法による簡易測定器を開発中であり近いうちに診療所などでも簡便に計測できるようになることが期待される。

(記 福田正博)