「生活習慣病と脂肪細胞」

大阪大学大学院名誉教授/住友病院院長  松澤祐次先生
の講演から 大阪府内科医会 理事  福田正博

  今回の講演では、まず高脂血症をどう管理するか動脈硬化診療ガイドラインに基づいて解説していただき、後半は動脈硬化の発症、進展における種々の危険因子とそれらに及ぼす内臓脂肪の役割を分子レベルからわかりやすく解説いただいた。

  日本人の死因調査によると脳血管障害や心疾患など動脈硬化性疾患によるものは30%と癌死亡とならんで第1位である。また動脈硬化性疾患の罹患人口 は死亡数よりはるかに多く寝たきり状態になるなどQOLの低下が著しく、現在早急な対策が望まれている。

  様々な調査研究の結果から1997年に動脈硬化性疾患予防のための高脂血症治療ガイドライン(総コレステロール(TC)220mg/dl未満、中性脂 肪(TG)150mg/dl未満、HDLコレステロール(HDLC)40mg/dl以上)が作られた。 その後、スタチン製剤による1次、2次予防のエ ビデンスも集積され、動脈硬化学会では一昨年新たに「動脈硬化性疾患診療ガイドライン」を発表した。 
  このガイドラインは、上記の項目に加えLDLコレ ステロール値(LDLC):140mg/dl未満を目標にするということが追加された。LDLCは、TC-HDLC-TG/5という式により算出される ので是非指標にしていただきたいということであった。

  今回のガイドラインのもうひとつの特徴は脂質だけでなく他のリスクの管理を強調したことである。患者群を高血圧、糖尿病、喫煙などの危険因子の数でカテゴリに分けそれぞれに管理目標を設定している。危険因子の0の場合は、TC<240、 LDLC<160、HDLC≧40、TG<150、危険因子が1〜2ではTC<220、LDLC<140、HDLC≧40、TG<150、危険因子が 3〜4以上ではTC<200、LDLC<120、HDLC≧40、TG<150、すでに冠動脈疾患を合併する場合、すなわち2次予防のためには TC<180、LDLC<100、HDLC≧40、TG<150が望まれる。なおこれらの数値は管理目標であって薬物治療開始基準ではない。ガイドライ ンには、他にマルチプルリスクファクター症候群の重要性、治療手段としてライフスタイルの改善を優先すべきことなどが盛り込まれている。

  最近、某週刊誌に高脂血症治療へのネガティブキャンペーンが連続して掲載され、診察の際に患者から質問を受け戸惑われた方も多いのではないかと思 う。動脈硬化学会としての意見は今年8月の日本医師会雑誌に掲載される予定であるので是非参考にしていただきたい。 今回はその概略についてすこし触 れたいとのことであった。
  まず、TCは240〜259が最も死亡率が低いという指摘があるにもかかわらず管理目標を240未満にする必要があるのかと いう点である。血中コレステロール値は栄養状態を表すものであり、それ自身が寿命を決定するようなものではない。血中コレステロール値が低値となる場合 は、栄養失調状態、肝硬変、癌などシリアスな状況であり当然死亡率は高くなる。低くなると返って死亡率が上昇するというのはこのような集団を含むから である。一方、高値になるほど虚血性心疾患の発症率が高まることについてはエビデンスが集積されている。

  旧労働省の調査研究で心筋梗塞を発症した患者について後ろ向きに発症前10年間の危険因子の状態をみるとBMI,FBG, BP,TCともいずれもわずかではあるが有意に高値であった。危険因子(高BMI,高血圧、高血糖、高TG血症)の保有数と発症リスクの関係をみてみる と、危険因子1個保有ならオッズ比は5.1、2個保有なら5.8、3〜4個なら一気に35.8に跳ね上がることが明らかになった。リスクが重積した病態 をマルチプルリスクファクター症候群と呼ぶが、この危険因子の重積は偶然ではなく、その上流に共通の因子が存在することが明らかになった。その因子と は内臓脂肪の蓄積である。 内臓脂肪蓄積・肥満→インスリン抵抗性→高脂血症、高血圧、高血糖→動脈硬化症という図式である。 

  肥満度(BMI)と動脈硬化症との関係をみると単に肥満度が高いということだけが問題となるのではなく、比較的肥満度が低い場合でも内臓脂肪が蓄積している場合はハイリスクと なる。 この内臓脂肪蓄積を診断するには腹部CTを撮影し、その腹腔内脂肪面積を計算し100cm2以上であることが必要であるが日常診療ではなかなか 行えない。簡易指標としてはウエスト周囲径が利用しやすい。女性>90cm、男性>85cmであれば内臓脂肪が蓄積していると判断する。女性は男性より 皮下脂肪が多くそれは性ホルモンの影響があるようで閉経後はだんだん減少する。また、高齢者は皮下脂肪は少なく内臓脂肪が多い傾向にある。 最近は様々 な体脂肪計が市販されており、なかには内臓脂肪が計測できるというものがあるが、いずれも理論的根拠も不確かでありあまり実用的ではないので注意を要す る。

  脂肪細胞は従来エネルギーの貯蔵庫であると考えられてきたが、最近のヒト発現遺伝子解析で脂肪細胞では様々な遺伝子が発現し、多彩な生理活性物質が分 泌されていることが明らかになった。これらを総称してアデポサイトカインという。 なかでも遺伝子発現量が多いアデポネクチンは抗動脈硬化、抗炎症、抗糖尿病作用を示し、また障害をうけた血管内皮の修復に寄与しているのではなかと考えられる。 一方、実験的にアデポクチンを欠損させると高カロリー食で インスリン抵抗性が惹起される。 実際、肥満、糖尿病、虚血性心疾患患者では血中アデポネクチン濃度は低値を示し、内臓脂肪量とは負の相関関係にある。今後、臨床の場でも測定できるようになると思われ、メタボリックシンドローム患者を管理していく上での有用なパラメータになると思われる。